大判例

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名古屋高等裁判所 昭和47年(う)174号 判決 1972年7月27日

被告人 松村邦夫

主文

原判決のうち被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役三年六月に処する。

原審における未決勾留日数中一五〇日を右本刑に算入する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人および弁護人相沢登喜男作成名義の各控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。

論旨第一点(事実誤認)について。

所論の要旨は、被告人は、共犯者の先行行為たる暴行、傷害については全く責任がない、すなわち、被告人が本件現場たる榊原組事務所に呼び寄せられたのは、組長榊原哲夫が、後日被害者側との抗争事件に拡大することを防止するため、被告人に善後措置をとらせるためであつたのであり、被告人が右事務所へ到着して後関係者から事件の経過を聞いたのは右措置をとるのに必要欠くべからざることであつたのであるから、右経過報告を受ける段階で組員らの被害者に対する暴行行為を聞き及んだからとはいえ、被告人が先行者の暴行行為を総べて承継したことにはならず、被告人が経過報告を聞いた後、被害者に対し、後日の紛争を防止するための「詫び状」を書かせるため、二、三の暴行行為に及んだものの、他の共犯者の先行行為たる暴行を承継し右共犯者らと共同意思のもとに行つた暴行ではなく、また、共犯者の後行行為について被告人には謀議も意思の連絡もないのであるし、榊原組長が事務所に帰つて後の組長自身および組長の指揮下にあつた他の共犯者の暴行について被告人はこれを防止出来ない立場に置かれていたのであるから、被告人が共犯者の後行行為について責任を争うべきいわれはないというべきで、被告人としては後日の紛争を防止する目的達成のため軽度の暴行を加えたに過ぎず、右暴行は被害者の致死とは因果関係がないのであるから、被告人は自己の暴行行為についてのみ責任を負えば足るべき筋合いであるのに、原判決は、被告人に共犯者の先行行為および後行行為について共犯責任を認め傷害致死の事実を認定したのは、事実誤認の違法を犯すものであり、右事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、本件記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌のうえ検討し、次のとおり判断する。

原判決が判示第一に対応して挙示した各証拠および当審で取調べた谷川晃一の証人尋問調書の記載を総合すれば、左の事実が認められる。

榊原哲生こと榊原哲夫(原審相被告人)は、名古屋市西区裏塩町二丁目二番地八蓮ビル四階に事務所を有する的屋仲間の団体榊原組(山口組系菅谷組川内組の配下)の組長、谷川晃一(原審相被告人)は右榊原組の幹部組員、畑中義博(原審相被告人)、浜崎信晴(原審相被告人)、久保田勇(原審相被告人)、伊藤万平(原審相被告人)、大橋貞志(原審相被告人)、水谷信夫(原審相被告人)はいずれも榊原組の組員、被告人は、同組とは別に露天商を営み、榊原哲夫に対する関係において的屋仲間のいわゆる舎弟分にあたるものである。昭和四六年四月二〇日午前二時ごろ、伊藤が、谷川、浜崎とともに原判示スナツク・レツドテントで飲食中、かなり酩酊していた来客の尹正男(当時二八年)に頭を殴打されたことから、右三名が他の組員らと共同して尹に対し仕返しの制裁を加えることを企て、前記榊原組の事務所に電話して応援を求めたところ、これを受けた榊原組長は、同事務所に居合せた畑中、大橋、水谷、久保田および組員松下敏春に対し、直ちに谷川ら三名に加勢するように命じ、右畑中ら組員五名はこれを承諾し、ここに以上九名は、前記尹に対して共同して暴行乃至は傷害を加える意思を共通にして共謀を遂げたうえ、谷川、浜崎、伊藤が前記レツドテント付近から尹を自動車に乗せ、折しも応援に駈けつけた畑中らと共に前記榊原組事務所に連行し、同所において、同日午前二時三〇分ころから数時間にわたり、榊原組長の外出先からの電話による指揮および谷川の事務所における直接の指揮で、主として浜崎、水谷、大橋、畑中、伊藤、久保田および前記松下においてこもごも尹の頭部その他全身を木刀、革バンド、スリツパもしくは手拳等で殴打したり、足蹴りし、その間尹に手錠をかけ、更には、同人を麻袋に詰め、なかんづく浜崎においては出刃包丁および軽便剃刀で尹の腕を切りつけたり、湯呑茶腕で頭部を殴打し、水谷においては硝子製灰皿で、谷川においては硝子コツプでそれぞれ尹の頭部を殴打する等の暴行を加えた。その間尹正男が本多会系の組員であることが判つたので、谷川が電話で榊原組長の指示を仰いだところ、同組長より被告人を呼び寄せて善後策を採るよう命ぜられたので、同日午前四時ごろ当時岐阜市に居住していた被告人に谷川が電話し、内容は告げずとにかく事務所へ来てくれと伝え、久保田と松下敏春の両名が自動車で被告人を迎えに行き、被告人は右車で同日午前五時ごろ事務所に到着した。被告人は、同所において、谷川よりこれまでの経緯を聞いた後、榊原組長が被告人にこれからの処置を委せた事情を窺知し、組員に命じて尹を押入れから出させ、後手錠のまま三畳の間に座らせた。尹は顔が腫れ上り、頭や肩のあたりから出血し、一見して相当烈しく暴行を加えられたことが判明する状態であつた。被告人が尹に対し「お前か、うちの若い者を殴つたのは。」と詰問すると、同人は「はい、どうもすみません。」と詫びたが、同人が被告人の方に足を投げ出したままであつたので、これを見とがめて被告人は立腹し「手前は人に謝まるのにその格好はなんだ。」と怒鳴りつけると、組員が木刀で尹を殴打し、被告人としても夜半に呼び出されて措置を委された手前、組員らに自己の勢威を示したい気持もあり、尹の態度にも立腹していたので、「榊原組をなめるなよ」と怒鳴りながら、尹の肩あたりを蹴とばし、同人が後に倒れかかると組員に押し戻され、それをまた被告人が胸や肩のあたりを二、三回蹴とばしたところ、漸く尹が正座して謝まるや、被告人は「どうだ判つたか、榊原組はギャングだぞ、なめたことをするなよ。」と脅し、尹の所属を糺したところ、同人が口ごもるや、組員が後手錠を踏みつけ、尹がその苦痛に耐えかね、漸く、本多会系浅野会伊藤利一の若頭加藤みつおの子分である旨答えるに至つたので、被告人は尹に「今回のことは私が先に榊原組の若い衆を殴つたのであるから、どんな仕打ちをなされても仕方がない。このことを組に持ち込んだりはせず、私個人で責任をもつて解決するから許してくれ。」という趣旨のことを言わせたうえ、その趣旨を念書に書かせようとしたが、尹は字もよく知らないうえ、それまでの暴行により体力を消耗していたため念書は完成しなかつた。そうこうするうち、同日午前六時過ぎごろ榊原組長が事務所に帰るや、尹がそれまでの度重なる暴行により極度に衰弱しているにもかかわらず、榊原組長は配下の組員らに対し「ヤキの入れ方がたるい。」などと怒号し、伊藤に命じて尹の頭部を湯呑茶腕で力一杯殴打させたり、榊原組長自ら電話機を投げつけたり、木刀で頭部を殴打し、あるいは、鉄パイプ製折りたたみ椅子を振り上げて頭部、肩背部等を幾度も力強く殴打する等激烈な暴行を加えた。以上一連の共同暴行により尹に対し硬脳膜(くも膜)下出血を伴う全身打撲擦過傷、内出血等の傷害を与え、同日午前一一時ごろ同所において右硬脳膜下出血により死亡するに至らしめた。

右認定の事実から被告人の刑責を検討すると、被告人が榊原組事務所に到着して以後の行為について傷害致死の共同正犯としての責任のあることは明らかである。すなわち、原判決も説示しているとおり、被告人は谷川ら組員の被告人到着以後の暴行についてその中止を勧告できる地位・立場にあつたのであり、また、尹に念書(所論の詫び状)を書かせる目的は、単なる仲裁者としてではなく、後に生ずるかも知れぬ榊原組と尹の所属する組との抗争を防止するため榊原組の立場を有利にする目的であつたので、自ら尹に暴行あるいは脅迫を加えたばかりでなく、組員らの暴行行為を容認していたものであるから、暴行について共同実行の意思および実行行為の分担があつたと解せられるので、被告人を含めた共犯者らの右暴行により生じた結果について共同正犯としての刑責を免れないというべきである。もつとも、被告人の実行行為は前説示のように尹を数回にわたり足蹴にしたのみであることは、被告人の捜査官に対する供述記載、原審公判廷における供述記載および前掲谷川晃一の証人尋問調書の供述記載により認められ、被告人が木刀で殴つた旨の畑中義博の司法警察員に対する昭和四六年五月五日付供述調書、検察官に対する同年五月八日付供述調書の各記載部分、松下敏春の司法警察員に対する同年五月七日付供述調書、検察官に対する供述調書の各記載部分は、前記谷川晃一の証人尋問調書の供述記載に照らし信用し難く、他に被告人が木刀で殴つたことを認めるに足る的確な資料は見い出しえない。右畑中、松下らが捜査官に対し右のような供述をしたのは、尹が死亡後被告人や榊原組長がいち早く逃走したことに対する反感から捜査官に対し被告人の実行行為を誇張して供述したものと解せられる。もつとも、原判決は、この点について「被告人を谷川らと共に木刀で尹を殴打したり足蹴りする等の暴行を加え」と判示し、共犯者全体の実行行為を判示しているものと解せられるので、所論のように、被告人が自ら木刀で殴打したと認定した趣旨とは解せられないので、これをもつて事実誤認があるというにはあたらない。所論は、榊原組長が事務所に帰つて来てからの同組長および組長の命令による組員の暴行行為について被告人にはこれを制止する立場になかつたのであるから責任がないというのであるが、被告人は自ら好んで榊原組長と兄弟分の関係を持つに至つたものであるから、組長らの暴行行為について共同正犯としての刑責を免れるためには、自己の身を挺してでも他の共犯者の暴行行為を制止すべき積極的行為に出づべきであり、組長自ら、あるいは、組長の命令で組員がする行為を制止することは組における被告人の立場から困難であるからとてその刑責を減免すべき事由にならないことは、組長の命令に従つた組員がその行為について刑責を免れないのと同断で、被告人が共犯者の行為について共同正犯としての責任を負わなければならないことは当然である。従つて、被告人に傷害致死の共同正犯としての責任のあることはいうまでもない。しかしながら、被告人が事務所に到着するまでの共犯者の行為についてまで直ちに被告人に帰責せしめるのは疑問の余地なしとしない。ところで、原判文を見ると「被告人は…かえつて自らもこれに承継加担して尹に暴行傷害を加えることを決意し、谷川らと共に木刀で尹を殴打したり足蹴りする等の暴行を加え」と判示し、いわゆる承継的共同正犯の理論に基いて事実認定をしていることは明らかである。承継的共同正犯とは、ある犯罪について、先行者がすでに実行行為の一部を終了したが、まだ既遂に達しない段階において、後行者との間に、その犯罪についての共同実行の意思を生じ、その後後行者と共同して実行行為を行う場合を意味すること、そして、承継的共同正犯の成立範囲については、後行者は自己の介入以後の行為に対してのみ責任を問われるべきものとする立場と、その介入以前の先行者の行為についても共犯としての責任を負担すべきであるとする立場とが、学説、判例において対立し、またもその論拠も多岐にわたつていることは周知のことがらである。しかし、共同正犯の成立要件としては、共謀共同正犯の成立する場合を除き、共同実行の意思と共同実行の事実とが必要であり、しかも、共同実行の意思と共同実行の事実とが同時期に存在すべきことが必要であるというべきであるから、一般的には、事後の認識、認容があるからといつて、先行者の行つたことが当然に後行者に帰責されるものでなく、後行者は、共同実行の意思をもつて介入した時以後の共同実行についてのみ共同正犯としての責任を問わるべきであると解するのが相当である。しかしながら、結果的加重犯の場合においては、その結果発生前に基本たる行為に途中より介入したものは、その結果発生が先行者の行為および介入後の後行者の行為のいずれもが結果発生に原因を与えていると認められるかぎり、結果的加重犯全体について共同正犯が成立すると解しても、実行行為分担の度合に従つて量刑を考慮すればよいのであるから、何ら不都合は生じないというべきである。本件において、被告人は結果的加重犯である傷害致死の基本たるべき行為である暴行・傷害に途中より介入し、しかも先行行為により死の結果が生じたとすべき証拠はなく、かえつて介入後の共犯者の行為により死の結果を惹起したことが証拠上蓋然性が極めて高いのであるから、結果犯たる傷害致死全体について共同正犯としての責任を負うものというべきである。そうとすれば、原判決は、被告人の具体的な実行行為についての判示に正鵠を欠く憾みなしとしないが、前説示のように、被告人の所為は傷害致死の共同正犯と評価さるべきが相当であるから、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすべき事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

論旨第二点(量刑不当)について。

所論の要旨は、原判決の量刑が重きに過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、更に記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌のうえ、検討するに、本件は、さ細なことに因縁をつけ僅か一人の被害者を多数で惨酷な私的制裁を加えた典型的な暴力団の暴力事犯であつて、その結果被害者を死亡させるという重大な結果を惹き起したものであり、組長の舎弟分という被告人の榊原組における立場、その他同人の年令、経歴、素行、境遇等の情状を考慮すると、原判決が被告人に対し懲役五年六月の刑を科した措置もあながち肯けないわけではないが、ひるがえつて、被告人の実行行為を検討してみると、前段説示のように被害者を数回足蹴にし、脅迫的言辞を弄したのみであること、もちろん、榊原組長が事務所に帰る以前における共犯者の行為を容認していたことについては強い非難に値するが、当時の被告人の心情としては右程度のことで死の結果を生ずるとは予期していなかつたこと、また、榊原組長が事務所に帰つてから後の同組長自身および組長の命令による組員の暴行行為についての共同実行の意思は積極的であつたとは認められず、当時の被告人の立場として右暴行行為を制止することが困難であつたこと、榊原組長の暴行行為の烈しさにたまりかねてこれをとどめた事実が窺われること、被告人は被害者が死亡後逃走したものの自己の非を悟り、自ら警察署に出頭し自己の所為について自供し、被害者の遺族に対し三〇万円を提供し深謝の意を表するなど改悛の情の認められることなどの諸事情を斟酌すると、被告人に対する前記量刑はいささか重きに失すると考えられるので、これを是正するため原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条に則り、原判決のうち被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について更に判決する。

原判決の認定した被告人に関する事実に法令を適用すると、被告人の判示所為は刑法六〇条、二〇五条一項に該当するので、その所定刑期範囲内において、被告人を懲役三年六月に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中一五〇日を右本刑に算入し、当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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